大阪高等裁判所 昭和40年(行ス)3号 決定 1965年10月05日
抗告人(相手方) 茨木市長
相手方(申立人) 茨木市役所職員組合
主文
原決定を左のとおり変更する。
右当事者間の大阪地方裁判所昭和四〇年(行ウ)第八号行政処分取消請求事件の本案判決(ただし抗告人が昭和三九年一二月一五日茨達第一三一号を以てなした相手方に対する戒告取消請求事件の本案判決)確定に至るまで、右戒告に続く行政代執行手続の続行を停止する。
申請費用及び抗告費用はすべて抗告人の負担とする。
理由
一、抗告人の抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。
二、当裁判所の判断
抗告人主張の茨木市庁舎の相手方に対する一部使用は、行政財産たる公有公用物の使用としてその用途または目的を妨げない限度で許されるものであることはいうまでもないが、これが公法関係に属することは、使用について公共団体の長の許可形態をとるとともに許可取消による使用の終了を規定していること(地方自治法二三八条の四、三項、五項)、借地法、借家法の適用がないことを明定していること(同条四項)、行政財産を使用する権利に関する処分についての不服申立の規定を設けていること(同法二三八条の七)などの点よりみて明らかであるとともに、右使用許可取消処分に対し、抗告訴訟が許されることも亦明白である。
本件では、抗告人が昭和三九年一二月一五日相手方に対し、従来茨木市庁舎の一部を組合事務所として使用することの許可をしていたのを取消す旨の処分をし、ついで、昭和四〇年一月一七日相手方に対し右組合事務所内の存置物件搬出についての行政代執行法上の戒告をするに至つたので、相手方は右庁舎使用許可の取消処分と戒告の各取消を求める抗告訴訟を提起するとともに、(1)庁舎(組合事務所)使用許可取消処分の効力の停止と(2)右取消処分に基く、相手方組合事務所内存置物件搬出についての行政代執行法上の戒告ならびにこれに続く行政代執行手続の続行停止を求め、原審は右(2)の申立を認容し、これと同趣旨の決定をしたものである。
そこでまず庁舎使用許可の取消処分に基いて行政代執行法による代執行ができるかどうかを考えてみる。
本件庁舎の管理権者たる抗告人が、相手方に対する庁舎の使用許可を取消すときは、庁舎の使用関係はこれによつて終了し、抗告人が管理権に基いて相手方に対し庁舎の明渡ないし立退きを求めることができ、相手方はこれに応ずべき義務あることはいうまでもないが、右義務は行政代執行によつてその履行の確保が許される行政上の義務ではない。けだし、行政代執行による強制実現が許される義務は、行政代執行法第二条によつて明らかな如く、法律が直接行為を命じた結果による義務であるかまたは行政庁が法律に基き行為を命じた結果に基く義務に限定されているのである。ところで、本件の如き庁舎使用許可取消処分については、処分があれば、庁舎の明渡ないしは立退きをなすべき旨を直接命じた法律の規定はない。また右使用許可取消処分は単に庁舎の使用関係を終了せしめるだけで、庁舎の明渡ないしは立退きを命じたものではないし、またこれを命じうる権限を与えた法律の規定もないからである。
抗告人の相手方に対する前記明渡し、立退き要求は、庁舎管理権に基く事実行為に過ぎないし、また相手方のこれに応ずべき義務は、使用関係の終了に伴い権利主体(茨木市)に対して生ずる公法上の義務であつて、これを以て法律が直接命じた義務とすることはできないのである。
抗告人は行政代執行が公法上の義務をそのまゝの形において実現するのであつて、これにつき直接的な法律の根拠規定を必要としないことを理由に代替的な公法上の作為義務はすべて代執行に親しむかのように主張するのであるが、右の所論は行政代執行法二条の規定に反し、失当であることはいうまでもない。
しかのみならず、行政代執行により履行の確保される行政上の義務は、いわゆる「為す義務」たる作為義務のうち代替的なものに限られるのであつて、庁舎の明渡しないしは立退きの如き、いわゆる「与える義務」は含まれないものと解すべきである。
これらの義務の強制的実現には実力による占有の解除を必要とするのであつて、法律が直接強制を許す場合においてのみこれが可能となるのである。
もつとも、抗告人が相手方に対してなした行政代執行の前提たる戒告は、前記の如く、庁舎内にある相手方組合事務所の存置物件の搬出についてであつて、組合事務所の明渡しないしは立退きについてではないが、組合事務所存置物件の搬出は組合事務所の明渡しないしは立退き義務の履行に伴う必然的な行為であり、それ自体独立した義務内容をなすものではなく、况んや、法律が直接命じた義務あるいは法律に基ずく行政処分により命じた義務でないこと勿論である。従つて、組合事務所の明渡しないしは立退きについて前記の如く代執行が許されないからといつて、組合事務所存置物件の搬出のみを取り上げ、これが物件の搬出という面では代替的な作為義務に属することの故に、代執行の対象とするが如きことが許されないのは、いうまでもない。
そうであるから、前記庁舎使用許可取消処分に基ずく行政代執行は、その執行の範囲を相手方組合事務所内の存置物件搬出に限定すると否とを問はず、行政代執行法二条の要件を欠き違法であるといわなければならない。
右の如き庁舎の明渡しないしは立退き請求については、庁舎の権利主体たる茨木市より相手方に対し、公法上の法律関係に関する訴えたる、当事者訴訟を提起し、その確定判決に基く強制執行によるか、あるいは仮処分によるなど、民訴法上の強制的実現の方法に出ずべきものである。
右庁舎の明渡しないし立退き請求は、前記の如く公法上の請求権ではあるが、その実質において私法上の賃貸借、使用貸借の終了による返還請求と異るところはないのであるから、民訴法の強制執行ないしは仮処分の規定の類推適用が許されるものと解すべきである。また庁舎所有権に基き、相手方の不法占拠を理由に明渡しないしは立退きを求める民訴法上の訴えを提起し、あるいは仮処分を求めて、その強制的実現をはかる方法もないではなく、行政代執行を許さないからといつて、不当な結果を生ずるものではない。
そこで庁舎使用許可取消処分に基く代執行が許されないのにかゝわらず、抗告人が代執行の前提である戒告をなし、代執行の強制手段に出ること確実であると認められる場合において、その行政処分の違法を理由に取消訴訟を提起するとともに、処分の執行停止を求め、これにより違法な執行を停止することができるかどうかを考察するに、庁舎使用許可取消の行政処分は、前記の如く庁舎の使用関係を終了せしめる効果を生ぜしめるに過ぎないのである。かような観念的な法律状態の形成を目的とする行政処分には執行はありえないのであつて、従つて執行停止もありえないのである(もつとも処分の効力の停止は考えられるし、相手方はその効力の停止の申請をもしているようであるが、原審はこの点についての判断を示していない。かりに申請棄却の趣旨であるとしても、相手方より抗告の申立がないのであるから、当裁判所はこの点についての審理はしない。)。かつ行政処分取消訴訟に伴う執行停止制度は、本案の取消訴訟の判決確定に相当の日時を要し、その間に行政処分の執行がなされて回復し難い損害を生じたときには、折角本案勝訴の確定判決を得ても、これが画餠に帰するおそれあることを考慮した救済規定であるから、行政処分が執行に親しむものであることを当然の前提とするものであり、当該行政処分が執行の観念を容れる余地のない性質のものであるのに、その処分を根拠にして違法な執行がなされた場合の救済は右執行停止制度の関知しないところである。
右の如く行政処分の執行そのものが違法であるときは、むしろ当該執行の違法を理由にその取消を求める抗告訴訟を提起し(行政代執行が行政事件訴訟法三条の公権力の行使にあたる事実行為であり、これに対する抗告訴訟が許されることは同条の規定ならびに旧行政代執行法七条の規定との沿革的な関係に照して明らかなところである。)、執行手続の続行を停止する意味での執行停止を求めるべきである。
本件では、相手方は抗告人のなした前記戒告に対しても取消訴訟を提起しているのである。もつとも戒告は代執行そのものではなく、またこれによつて新な義務ないし拘束を課する行政処分ではないが、代執行の前提要件として行政代執行手続の一環をなすとともに、代執行の行われることをほぼ確実に示す表示でもある。そして代執行の段階には入れば多くの場合直ちに執行は終了し、救済の実を挙げえない点よりすれば、戒告は後に続く代執行と一体的な行為であり、公権力の行使にあたるものとして、これに対する抗告訴訟を許すべきである。そうであれば、前記の如く戒告に対する抗告訴訟の提起がある以上、行政事件訴訟法二五条により戒告に続く代執行手続の続行を停止する意味での執行停止が許されるものといわなければならない(もつとも相手方の申立書によると組合事務所使用許可取消処分に基く戒告その他の代執行手続の続行停止を求めるかのような体裁になつているが、組合事務所使用許可取消処分についてその効力の停止を求めている点よりすれば、「組合事務所使用許可取消処分に基ずく戒告その他の代執行手続」という表現は、抗告人の発した戒告書の文言にそつたまでで、その真意は戒告その他代執行手続の違法を理由にその執行停止を求める趣旨であることは本件記録に照して容易に推知しうるところである。)。そして本件記録によれば、抗告人の違法な代執行により相手方は場所的に有利な組合事務所の利用ができなくなり、回復し難い損害を生ずることならびに右損害を回避するためその執行を停止すべき緊急の必要性あることが疎明せられ、かつ右執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすものとは認め難いから、執行停止をなすべき要件に欠けるところはないものといわなければならない。
抗告人は組合事務所使用許可取消処分及び戒告の各取消を求める本案請求は理由がないと主張するが、少くとも本件に直接関係をもつ戒告の取消を求める部分については、理由がないとみえる場合に該当しないこと前説示のとおりであるから、右主張は採用できない。
さらに抗告人は、本件組合事務所の移転先として庁舎の別の一部を相手方に提供する旨申出でているのであるから、相手方は本件事務所を失つたからといつて、回復し難い損害を被る筈はなく、従つて、執行停止を求める緊急の必要性を欠くと主張するのであるが、抗告人が本件組合事務所の移転先として相手方に提供を申出でた庁舎の一部は、従来の窮屈な事務所よりも多少狭い上に、相手方組合から分裂した第二、第三、第四組合の各事務所が隣合せに存在し、かつ裏側は茨木警察署に隣接しており、かくては相手方組合の運動方針、企画など組合運営に関する秘密が漏洩察知されることが懸念され、また相手方の組合活動の中心たる組合事務所が敵対的な分裂組合の事務所に囲まれていては組合活動も自ら制約されて萎縮し、はては強固な団結の維持も困難となり、組合員の脱退あるいは再分裂による組合の脆弱化ないしは崩潰が憂慮される状況にあることは、甲第三ないし六号証、同第七号証の一、二、同第八号証の一ないし四、同第一一号証、原審での相手方組合代表者原田保に対する審尋の結果によつて疎明できるから、本件代執行により相手方の被る回復し難い損害ならびにこれを避けるための緊急な必要性を否定することはできないものというべく、この点に関する抗告人の主張も亦採用し難い。
そうであれば、本件は前記戒告取消訴訟の判決確定に至るまで、戒告に続く代執行手続(代執行令書の発行及び代執行)の続行を停止すべきである。原決定は「組合事務所使用許可取消処分に基く戒告その他の代執行手続の続行停止」を命じ、使用許可取消処分に基く代執行が許されることを前提とするかの如く解せられ、かつ戒告はすでになされてしまつた行為であり、もはや執行停止の余地がないのにかゝわらず、これを執行停止の対象としたかの如く解せられる点において失当であるから、これを変更すべきものとする。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、九二条但書を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判官 金田宇佐夫 日高敏夫 中島一郎)
(別紙)
抗告の趣旨
原決定を取消す。
相手方の本件申立を却下する。
との裁判を求める。
抗告の理由
一、本件の組合事務所使用許可取消処分及び戒告処分の取消を求める本案請求は法律上その理由がないのみならず、右処分の執行または手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性もまた存しないのである。従つて、本執行停止を命じた原決定は違法であり、取消を免れない。
二、いまこれを詳述するに
(1) 本案請求が理由がないとの点について
1 本件の如き市庁舎たる行政財産の許可による使用関係については借家法の適用がなく、公用若しくは公共用に供するため必要が生じたときは、その許可を取消すことができ、借家法におけるような正当の事由を必要としない。抗告人が本件の使用許可を取消したのは、市庁舎本来の目的である行政事務の処理のために使用する必要が生じたからである。茨木市は昭和二三年市制施行以来人口急増し、従つて市庁舎も事務量、職員数の増加に伴い狭隘となり、いまや数次の増築によつて、敷地の利用も極限に達し、既存庁舎の有効使用以外に打開の途はなくなつた。
本件の組合事務所の使用部分の許可取消は庁舎狭隘のため日常事務の処理さえ円滑に行いえない事態を打開するためであつて、単に市民税の申告事務や固定資産税台帳縦覧の如き臨時的事務に必要なためばかりでない。右の次第であるので、本件使用許可取消処分は地方自治法二三八条の四 五項の要件を完全に具備するものである。
2 憲法二八条は労働組合に、使用者の施設の一部をその事務所として使用する権利を保障しているのでないことはいうまでもない。のみならず使用者が組合に無償で事務所を提供することは、本来なれば労働組合法七条三号にいわゆる経理上の援助として不当労働行為に該当するのであるが、わが国の労働組合が主として企業組合の形態をとつている特殊な実情から、これが不問に付されているのであつて、組合の自主性の上からは避くべきことがらであつて、憲法の保障する団結権とは何の関係もない。使用許可取消処分が地方自治法二三八条の四 五項所定の事由に基く以上、たとえ取消処分の結果組合活動に支障を来しても、その処分の効力に影響はない。とくに本件では抗告人において本組合事務所と大差のない新しい組合事務所を相手方に提供しているのであるから、相手方の組合活動に支障が生ずる筈はない。
(2) 代執行について
1 相手方は抗告人の使用許可取消処分によつて組合事務所使用の権限を失い、これを抗告人に明渡すべき行政上の義務を負担するに至つたのにかゝわらず、相手方はこの義務を履行する意思のないことを表明しているのである。かくて庁舎の狭隘を打開し、行政事務の円滑をはかるためになした使用許可取消処分の目的が達成できず、このまゝ放置することは著しく公益に反するし、他に履行確保の手段もない故、抗告人はやむなく組合事務所の明渡に伴う事務所内存置物件の搬出という代替的作為義務について代執行を行うこととし、その旨の戒告をしたのであつて、行政代執行法二条の要件に欠けるところはない。
2 市庁舎の如き行政財産の管理については、公共の福祉実現という管理目的に照して私法規定の適用を排除する特別の定めをすることが多く地方自治法二三八条の四は正に右の如き特別規定の一つである。従つてこの規定に基いて抗告人が命じた組合事務所内存置物件の搬出は公法上の義務に外ならない。而して公法上の義務の不履行について行政代執行法が適用されるのは当然である。右の義務者が一般国民でなく、市内部の労働組合であつても、何ら差異は生じない。
そして行政上の義務については行政機関が自らその義務の存在を確認して自ら執行する権限を有し、その執行方法が義務の内容をそのまゝの形において実現するものである限り、執行そのものについては、法律の規定のあることを必要としないのである。従つて使用許可の取消しという以外に明渡しを命じうる直接的な法律上の根拠規定のないことは、何ら代執行の妨げにならない。従つて民訴法上の訴えによらなければならない必要もないのである。
(3) 執行停止の必要性について
抗告人が相手方のために移転先として提供しようとしている新しい事務室は、出入りの便利さにおいてははるかに勝るのみならず、その規模、構造ならびに設備等の点において現状と変るところがないから、移転したからといつて、相手方の組合活動に支障を来すようなことは考えられない。また相手方が主張するような、他組合事務所と隣接し、警察署と近接しているため会議の状況が漏洩するというようなおそれもない。もし隣接箇所の壁等を補強すればなおさらである。要するに新しい事務室に移つたからといつて、回復し難い損害が生じるとはいえないのである。